一応ストアブログですが、ほぼ日常の雑記
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市井の知識人

先日の営業日、お店にていつものように

レジ横のカウンターで仏語をやっているところに

常連で、烏山の某人気ラーメン店のご主人が

豆を買いにいらっしゃいました

2月はどうですか〜なんて世間話の中で

仏語の文法書に目をとめられたご主人

「仏語やられてるんですか」と

「いや〜ほんの手慰みに」と返したところ

「私、大学は仏文だったんですよね」と

聞けばご主人が学生の時分はフランス政府も

力を入れていて、アテネフランセの授業料も

500円@月程度だったとのこと

仏文に入った動機について伺ったところ

中高時代に小林秀雄の訳書を読んだりしてて

構造主義に興味をもったものの

例えばソシュールなんかも翻訳が無く

原文を読むしかなかったんですよと

サラリと仰られました

いやもうこちらは構造主義?

えっ、それなんだっけみたいなレヴェルで

途中から話しについていけず冷や汗モノでした

ただそこで、ふと思い出したのが

以前仏文学者の内田樹さんがブログの中で

ご自身が仏語を始めた動機について

まさに同じような事を語られていたこと

サルトル、カミュからレヴィ=ストロース

フーコー、ラカン、レヴィナスなどなど

文系の新しい学術的な知見はほとんど全て

仏語で発信されていて、こうした思想家の

著作は翻訳もほとんど無かったため

「知の世界水準」についていくには

仏語を学ぶしかなかったというお話でした

おそらくご主人、お見受けしたところ

内田さんとは同年代位かと推察

まさに内田さんが述懐されたような

「雪崩を打つように仏語を学んだ

ウッドビー・インテリゲンチャの少年たち」

の中のお一人だったんですね

 

これまで、同じように店で10人近くの

ご年配のお客様から、昔仏語を学んでいた

という話しを伺って来ているんですが

ふ〜ん、昔は仏語が流行りだったんだなー

くらいに考えていたんですよね

こうした背景を伺うにつけ

こちらのいい加減な動機など恥ずかしくて

うっかり口に出せなくなりました(汗

 

 

 

 

 



2020.02.15 Saturday 11:08
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